yawaraka33のブログ

思いついた事を書いていきます

『宮沢賢治の菜食思想』 清貧イメージ覆す新解釈 2013年8月6日 東京新聞

やわらか萩
    自著を語る   鶴田 静さん (エッセイスト)

      

一九七六年以来ベジタリアン(菜食主義者)の私は、これまで西洋のベジタリアンであるピタゴラスやプラトンらの言説を借りて菜食の「社会的」効用を説いてきた。
しかし日本では肉食が隆盛を極めてきた。

 日本のベジタリアン代表として、国民的作家の宮沢賢治を得たことは幸いである。
私は、宮沢賢治の菜食の思想がどのように形成され、展開されたのかを探ってみた。

 「玄米と味噌(みそ)と野菜」に定着しているかのような賢治のイメージを覆すために、私は彼の物語や詩などの諸作品に湛(たた)えられた、ベジタリアニズムの源泉を掬(すく)いあげた。
また書簡や手帳から抽出した賢治の生の言葉により、彼が菜食者だったと立証した。

 「私は春から生物のからだを食ふのをやめました」。
これは友人に宛てた手紙における彼の“宣言”である。
解体される豚を見、「これらを食べる人とても何とて幸福でありましょうや」……
つまり賢治の菜食思想は、動植物、自然と人間にある命の尊重の発露なのである。

 驚くことに、九十年以上前の賢治の作「ビヂテリアン大祭」では、現在の私たちが遭遇している、生命、食糧、動物保護、宗教、平和などの諸問題を、菜食によって解決する論議がなされていた。

 自身、農民となった賢治は、農村の改善、作物の生産向上、ユートピアの創造を試みた。
飢餓飢饉(ききん)をなくし、労働ばかりの農民の辛(つら)い暮らしを芸術を含めた楽しい生活にし、他人の幸せを自分のそれとし、世界全体の平和を目標とした。

 賢治の時代、岩手県は三陸地震や凶作に見舞われた。
まさに三・一一で私たちが体験した状況と重なるものだ。
彼の思想と行動は、現在の日本の在り方、行く末を考えるとき、一つの範となるだろう。
      
        

 二十一世紀の今日、日本でも世界各国でもベジタリアンは増加し続けている。
米国の元大統領、アイドルやアスリートたちも多くベジタリアンに転向している。
社会的存在である人々が良い社会のための生き方のモデルとなり、かつベジタリアンであることは望ましい。(晶文社・二三一〇円)

   ------------------------------------------
 つるた・しずか 東京都生まれ。明治大学文学部卒。
1975年ウィリアム・モリス研究のため渡英、ベジタリアンとなる。
著書『ベジタリアンの文化誌』『ベジタリアンの世界』、
訳書『ウィリアム・モリスの庭』。